江東の虎

孫堅 文台

小覇王

孫策 伯符

呉の初代皇帝【222〜252】

孫権 仲謀

呉の二代皇帝【252〜258】

孫亮

呉の三代皇帝【258〜264】

孫休 子烈

呉の四代皇帝【264〜280】

孫晧 元宗

初代軍師【208〜210】

周瑜 公瑾

二代軍師【210〜217】

魯粛 子敬

三代軍師【217〜219】

呂蒙 子明

四代軍師【219〜245】

陸遜 伯言

呉の武将

あ行
于詮(うせん)−司馬昭に対して反乱した諸葛誕へ援軍をした。
王祚(おうそ)−司馬昭討伐の軍を起こす。
王惇(おうとん)−呉の将軍。呉の丞相孫綝【】に殺された1人。
か行
賈華(かか)−孫権の部将。
華覈(かかく)−呉の中書の丞。
夏恂(かしゅん)−オウ亭で蜀軍と対立するが、張苞におじ気づき、殺された。
何植(かしょく)−呉の司徒。晋軍の大攻勢に動揺した呉帝孫皓に召された。
戈定(かてい)−太史慈の配下。
桓彝(かんい)−呉の尚書。孫綝【】を罵り、呉帝孫亮をかばって殺された。
闞【】沢(かんたく)−字は徳潤。会稽郡の人。呉の孫権の招きで、補佐にあたった。
韓当(かんとう)−字は義公。遼西郡令支県の人。孫堅の配下の大将の1人。
甘寧(かんねい)−字は興覇。学問があり、力も強く、仁侠を好む。百名の夜討ちで一人一騎も失わず成功する。
魏邈【】(ぎばく)−呉の老将丁奉と共に、丞相孫綝【】を誅する策略に参加。
キ蘭
喬玄
許宴
虞翻
厳o(げんしゅん)−字は曼才。
伍延
黄蓋
谷利
呉景
吾彦
吾粲
顧邵
顧承
顧譚
胡沖
顧悌
顧徽
顧裕
顧雍
さ行
崔禹
蔡林
左咸
施朔
史蹟
謝旌
朱異
周胤
周循
周善
周泰
周平
周魴
周瑜(しゅうゆ)【175〜210】−孫策が袁術の元を離れる際、付き添って功績を挙げた。孫呉の総司令としてさまざまな活躍をした。206年に山越の討伐。208年には宿敵黄祖を破った。赤壁では曹操軍は疫病を抱えていることを知り、水軍で一度破る。その後、黄蓋の偽りの降伏をさせ、黄蓋が船に近づいた際、火を放ち、曹操軍の陣に燃え広がり、大勝利に導いた。その後、江陵を攻めるが、曹仁・徐晃に苦戦をした。流れ矢が周瑜に当たり、これが原因で病になった。しかし、自分の病を利用して、曹仁・徐晃を破り、江陵を制圧をした。その後、益州を支配して、「天下二分の計」を達成するために、益州侵略を準備をして、それを孫権に報告をするために建業へ戻った。その後、益州を攻略するため、江陵に帰還途中に病死をした。36歳という短さだった。
朱恩
朱桓
朱然
朱治
淳于丹
蒋延
蒋欽
諸葛瑾
諸葛恪
徐盛
岑昏
薛瑩
薛綜
薛珝【】(せつく)−
全禕【】(ぜんい)−全端の子。
全懌
全紀
全端
宋謙
祖茂
孫異
孫恩
孫楷
孫闓【】(そんがい)−孫綝【】の弟。丁奉の策により捕らえられ、一族を皆殺しされた。
孫桓
孫幹
孫冀
孫休(そんきゅう)【235〜264】−呉の三代目の皇帝。
孫拠
孫匡
孫歆【
孫権(そんけん)【182〜252】−孫策の跡を継いで君主となった。208年の赤壁の戦いで曹操を破った。219年には荊州の関羽を破り荊州を奪った。その後、劉備が東進した222年には、夷陵の戦いで劉備を破った。劉備の死後、蜀とは和睦をして、再度同盟を結んだ。
孫堅
孫高
孫皓(そんこう)【242〜284】−呉の四代目皇帝。呉の最後の皇帝である。孫休の崩御に伴い即位した。その時代に蜀は滅び、魏では、魏が滅び、西晋が誕生した。その後、280年に、王濬が建業を陥落したため、晋に降伏をした。よって、三国時代を終結を迎えた。
孫皎
孫策
孫秀
孫峻
孫翊
孫韶
孫邵
孫静
孫綝【】(そんちん)−字は子通。
孫亮(そんりょう)【243〜260】−呉の二代目皇帝。
孫朗
孫ワン(そんわん)−孫休の太子。
た行
戴員
太史慈
譚雄
張温
張休
張紘
趙咨
張昭
張承
張象
張悌
張敦
張弥
張約
沈瑩
陳化
陳武
程咨
程普
程秉
丁奉
滕胤
唐咨
董襲
滕修
陶濬
董朝
ケ程(とうてい)−呉帝孫亮から剥奪された印綬の保管役。
は行
万ケ
潘濬
潘璋
傅嬰
辺洪
濮陽興
歩シツ(ほしつ)−劉備と連合して曹操を攻める(赤壁の戦い)のに反対派の一人。濡須口においては、曹操に講和の使者として立った。
ま行
孟宗
ら行
駱統
李異
陸凱
陸景
陸抗
陸績
陸遜(りくそん)−【183〜245】
劉丞
留平
留略
凌操
凌統
呂拠
呂岱
呂範
呂蒙(りょもう)−【178〜219】
楼元
魯粛(ろしょく)【172〜217】−周瑜に推薦をされ、仕官をする。周瑜が亡くなるとその遺言で後継者として選ばれた。荊州に巡ってさまざまな問題が起きるが、最終的には、兵を用いることのなく、荊州南部の三郡(長沙・零陵・桂陽)を取り戻した。

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